春は編み物 恐るべし若者

春は編み物 恐るべし若者
草冠結太 2026.04.21
誰でも

春は編み物 やうやう広くなりゆく生え際

つまり、ハゲはじめたので帽子を編んでいる。

きっかけは美容室だった。
「草冠さん。美容師の務めとして言います。このあたり。もう毛が伸びなくなってます」
私の頭頂部を指さしながら、教えてくれた。かたじけない。

髪が薄くなると言っても、いろいろなパターンがある。
私の場合は、老化で頭皮の張りがなくなり、雪崩を起こしているらしい。毛根の密度分布が、カッパに近づいているとのこと。例えが容赦ない。
ハゲはカッコよくハゲるとカッコいい。あれがよかった。

とはいえスキンヘッドにはまだ早いということで、サイドを大胆に刈り上げた。いわゆるバーバースタイル。ポマードでキメて隠しちまえ、という作戦。
作戦失敗だった。
風が冷たい、陽が熱い。頭皮で感じる気候危機。春でこれなら、秋までにオツムがどうかしてしまう。

そこで休日用の帽子を編むことにした。スリーシーズンかぶれるように、汗を吸収してくれるコットンで。
色は、選んだことのないものにしようと決めていた。どうせ歳をとるなら、明るくとりたい。
たとえば、パステルカラー。

職場では、営業マンやチームリーダーとして。家では夫や父として。役割と機能以外で服を選んだことがない。結果、タンスには白鼠黒紺ばかり並んでいる。
でも身体が変わっていくのなら、それを逆手にコーディネートを見直す、というのもありなんじゃないか。
大人になると、自分のことを考えるのが下手になるから。色で遊べてお金もかからない編み物なら、うってつけな気がした。

結局、ブルー、ライトブルー、オリーブ、イエロー、イエロー、ライトグレー、パープルのコットン糸を買った。ブッフェ皿を山盛りにする性格をなんとかしたい。
どれもサイズは極太で、大きな目でグイグイ編めるように。東京は早くも25度に迫る日が出始めたので、急いで仕上げたかった。

コットン糸を使うのは初めてだったのだが、編んでみて驚いた。綿の種類やランクにもよるのだろうが、私の糸は硬かった。「元植物」を感じる繊維質。
アクリルやウールとぜんぜん違う。フワフワなめらかな羊毛が生クリームだとするならば、コットンはあんこ。たしかに柔らかいが、小ざっぱりしている。

そして、そこに季節を感じたのは意外だった。
サラサラと潔い指触りが快い。これが羊毛やアクリルだったら、春の陽気に重ったるく思ったかもしれない。
手や肌が心地よいと感じるものが、一目ひと目、日を追うごとに春めいていく。
正月過ぎたらもう花見。毎年そんな体感速度で迎えていた新年度が、例年よりのんびりやってくる感覚があった。

4月1日までは。

今年も新入社員がやってきた。
私のチームにも一名。春風にフレッシャーズスーツを着せたような、爽やかな青年だった。

緊張した様子はなく、いたって自然体。ニコニコしていて人当たりがいい。そして敬語が正しい。
バイトやインターンで慣れているのかもしれない。ジャケットはサマになっており、デスクでPCをセッティングする姿もこなれたものだった。
正直、私は気圧されてしまった。仕上がっている。入ってくる若者は年々優秀になっているが、今年はいよいよ話が通じる気がしない。

私は一応チームリーダーなので、春風くんをトンカツ屋へ昼飯に誘った。
「大学ではフィジカルAIの研究やってました」
ニコッ。
「先輩のベンチャーを手伝ってました」
ニコッ。
「中学から仲間とダンス続けてます」
ニコッ。
いかん。春風くんが大谷翔平に見えてきた。

私も何か自己紹介せねばと焦り
「こないだ娘とさ、ミルキーサブウェイ各駅停車劇場行きっていうアニメ観に行ったんだけどさ」
とぬかしてしまう。家族情報を織り交ぜたつもりが、たんなるアニヲタ親子の活動報告。情報量が明らかに釣り合っていない。

その時、春風くんが言った。
「僕もYouTubeで全部みてました」
君とは話が合いそうだ。

そこから去年以来のアニメ映画について、トレンド談義が始まった。
鬼滅、チェンソーマン、コナン。モンスター級ばっかだよね。コナンは2回行きました。雑食だね。私はズートピア2も観に行ったな。娘と。僕も行きました。よかったっスよね。あれは名作。

彼の顔から、ニコニコが消えた。力みの抜けた、素の表情。登場人物の名前を思い出そうとするしかめ面が、愛らしい。
彼が自然体に見えたのは、私の卑屈な色眼鏡だったのだろう。ごめん。そりゃ緊張してたよな。

緊張が解けたら、腹ペコだったことに気づいた。そんなとこだろう。彼は溌剌とほおばり始めた。意外にもオバQみたいに食うヤツだった。キャベツも一本残さずきれいに。お見事。保護者さんの愛情がすけて見える。うちの会社なんて知らなかっただろうな。

好ましい若者は全員、娘の10年後と重なってしまう。というか、よく考えたら息子でもおかしくない年の差なのだ。
「キャベツのおかわりは?ごはんいる?」
ハイ、の代わりに顎を突きだす春風くんの表情が眩しい。もうお肌からして眩しい。
いや、本当に少し眩しいんじゃないか。K-POPアイドルを思わせる、輝度を補正しているような肌ツヤだった。

「君はお肌きれいだねぇ。やっぱ若いからかねぇ」
思わず、家で娘を褒める口調が漏れてしまう。そして ヤッチマッタ と我にかえった時にはもう遅かった。
容姿は、貶すのも褒めるのもタブー。年齢のこともタブー。コンプラ研修の基本のキだ。なにより、見てくれに感想をつけるなど礼を失している。コンプラ以前の問題だ。

私がゴメン!と言うと同時に、思わぬクロスカウンターが飛んできた。
「化粧水と乳液ですね」
春風くんは、口を拳で隠して笑っている。
「結構みんな使ってますよ」

トンカツの油が、急に胃にきた。
するってぇと、あれですか。私が就職氷河期で凍死しそうになり、生き延びた先で頭皮が雪崩を起こし、パステルカラーあたりでウロウロしている間に、君はオギャーッと生まれてダンスで育ち、化粧水と乳液と人手不足時代で就職先もドレニシヨウカナだった、ということですか。

もう、ダメだ。絶対に話なんて合わない。
私が生きている時間の流れと、彼の時代のタイムスピードが違いすぎる。悲しい相対性理論。もはや怖くなってきた。なんか、若い人が怖くなってきた。
いつのまにか、トンカツもバカ高くなっていた。

帰宅して報告した妻は、スマホから目を離さずに言った。
「あんた、今日びの子なんてみんな使ってるで。常識やで」
「化粧水と乳液って同じじゃないの」
「ぜんぜんちゃう。水分と保湿や」
「じゃ俺もアタマにつけたらハリが戻ってくるってこと?」
「ションベンでもかけときよ。そんな驚くことでもねぇで。アンタだって編み物してるやん」

確かに。編み物をする私が、メンズコスメに驚く道理はない。そこに男も女もないのは同じこと。
なんて素直に納得などできなかった。なにかもっと、時空を超えてイジけていた。

ハゲとか齢とか考えるの、やんなっちゃった。
どうやら私はコットンが好きらしい。安い糸でもチクチクしないから。手触りというか肌触りというか、頭触りがいいのだ。
おじさんは好きなものを編みます。二枚編みました。
紫だちたる糸のほそくたなびきたる。

編んだ二枚。冬物っぽくなっちゃった

編んだ二枚。冬物っぽくなっちゃった

片方はサイズをミス。クラゲかよ。食卓のなんでも入れに。やっぱゲージは必須

片方はサイズをミス。クラゲかよ。食卓のなんでも入れに。やっぱゲージは必須

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