46歳営業マン。勇気を出して初めての編み会

46歳営業マン。勇気を出して初めての編み会
草冠結太 2026.03.31
誰でも

生まれて初めて、編み会というものに参加した。
そもそも、子ども以外の誰かと一緒に編むことさえ初体験だった。
私は46歳の営業マン。飛び込み営業なんてメじゃない、バンジージャンプな度胸が要った。

勇気を出して初めての編み会。
でもそれは、“ドント・ウォーリー・ビー・ハッピー”な催しだった。

イベントのステッカー。まんなかにアイパー滝沢さんのイラスト。「編み物フェス」と書いてあるけど、たぶん正式名称は「編みフェス」。指が汚い。

イベントのステッカー。まんなかにアイパー滝沢さんのイラスト。「編み物フェス」と書いてあるけど、たぶん正式名称は「編みフェス」。指が汚い。

「編みフェス Vol.49」。東京で桜が満開になった翌日、3月29日(日)に開催された。会場は代々木公園。渋谷と原宿の中間あたり。ロケーションからしてオシャレ。
主催は編み物芸人のアイパー滝沢さん。49回も続いているところに、編み物ファンの実直さや、根気の良さを感じる。

私は開始時間より少し遅れて行ったので、すでに皆さん編み始めていた。
たくさんの人が、芝生の上にレジャーシートを広げている。遠足のお弁当タイムみたいな光景。
公式発表によれば、この日は60人が参加したらしい。想像していなかった盛況に、私は立ち尽くしてしまった。座った途端、全員がこっち見てきたらどうしよう。

緊張で膝が固まること数秒。
「どうもー」
アイパー滝沢さんが、遠くから声をかけてくださった。会場の真ん中で灯台のように立っている。
「ニコッ」
その笑顔を見て、力が抜けた。思わずその場にしゃがみ込む。

「ここよろしいですか?」
挨拶は緊張の特効薬。新人営業時代の鉄則を思い出し、お隣さんに一声かけてみる。緊張が治らない。若くないと効かない第3類医薬品だったみたい。
それでも。ビジネススマイルで鍛えた表情筋をフル稼働して、笑顔を作る。
「どーぞー」
とても軽やかにお返事いただいた。緊張しているのは私だけ、という事実にまた緊張する。
色とりどりのレジャーシートたち。その片隅に業務用丸出しのブルーシートを敷かせてもらう。これじゃ花見の場所取りだよ。ぺたんと尻を下ろすと、地べたは固く冷たかった。

改めて周りを見渡すと、参加者の年齢層は広い。上は私くらいの方から、学生さんらしき人、ママさんに連れられたキッズも。
やはり女性が多く「ここ女性専用車両でしたか?」の冷や汗が額を湿らす。
しかし会場の一角、むしろ中心に男性数人を発見。しかも私のように一人で参加されている方や、少年もいる。そして当たり前のように編み物に集中している。
編み物に性別は関係ないと思ってはいたけれど、いざとなれば心底ホッとしてしまった。

そうとなれば私も、ということでセーターの続きを始める。
屋外で編むのは気持ちがいい。ふだん私は公園で編んだりもするけれど、大勢で編むのは格別だった。なんというか、風の通りが違うというか。ましてや桜の香りも漂ってくる。
あぁ、これはピクニックなのだな、と思った。お菓子を広げている人、水筒を傾けている人、ラジカセをもってきてる人もいる。ビール飲みたいとか考えている人間など、私だけだったろう。

私の道具入れ。飲み屋でもらったノベルティ。編み棒とかはメガネケースに。恥っ。

私の道具入れ。飲み屋でもらったノベルティ。編み棒とかはメガネケースに。恥っ。

正直に言うと、編み会は静寂に包まれたものだろうと思い込んでいた。編み物は基本的にパーソナルな趣味だから。だとすれば、年齢=人見知り歴の私も、こそっと輪の端っこに入れてもらえないかな。うるさくしませんから。そう思っていた。私は自習室にでも行くつもりだったのでしょうか。

どっこい、とんだ先入観。いや、偏見だった。ごめんなさい。
よく考えれば分かる。よく考えなくても答えは初めから出ていた。だって編み“フェス”だもの。
このイベントは、賑やかだった。春の日差しが、見た目より熱っぽいのに似ていた。
これが初心者の私には本当にありがたかった。先輩方はどなたもフレンドリーで、洒脱。
「来るの初めてですか?」
「いつから始めたんですか?」
「その帽子も手作りですよね?」
なにかと声をかけてくださる。お菓子もいただいてしまった。美味しかった。

しかも
「それ素敵ですね。こんなお父さん憧れだわ」
なんて、干からびたイカのように反り返る編み地を褒めてくださった。
私だけではない。他の新顔さんにも親切。Vol.49。歓迎体制がカルチャーになっていた。
大学のサークルって、こういうものだったのかもな。貧乏学生だった私は思った。

セーターの前身頃。シートのブルーが透けて、着れるのか不安になる

セーターの前身頃。シートのブルーが透けて、着れるのか不安になる

少しずつ緊張が溶けだした私は、その反動で先輩方に質問をたたみかけてしまった。
襟に頭が通るか不安なこと。編み図が読めないこと。素材と洗濯の相性、などなど。どうやら私は、教えてもらうことに飢えていたらしい。一人で編んでいては気づかないことだった。
質問の一つ一つに、先輩たちは的確かつ分かりやすく答えてくれる。なんなら
「あ。それならあの人がちょうど今・・・◯◯さーん!」
なんて、別の先輩を紹介してくださったりする。

ヘドバンのようなうなずきも、早押しのような共感も、餅つきのような相づちも、全くいらないおしゃべり。自然体のまま、お笑いやマンガの話題に寄り道しながら、どこにも辿り着かずに結局スタートに戻るような、散歩のような時間。それでいて、いつのまにかヒントを得ている。
私は仕事を離れて、あんなに面白い話ができる自信はない。なんなら、仕事の場でも自信はない。

そして、もう一つ。
実は私は、自分の声が嫌いだ。やたらと高い。気の弱さが出てしまっているようで、オンラインミーティングの録画も見返したことがない。仏頂面なのに、高音ボイス。それで人に笑われてきた。妻はその記録保持者。
しかしあの日は、気にならなかった。力まずすんなり出た自分の声が、会場の柔らかな雰囲気に合っていたかも、という微かな希望すら抱けた。
こんなこともまた、初めての経験だった。

このイベントは、入りやすくて帰りやすい。
実際、一足お先にサヨナラ、という親子も多々いらした。残る人が「バイバーイ」と手を振って見送るのもいい。
その雰囲気に甘えて、私も早めにお暇した。この日は小三の娘がボーイフレンドを家に連れてくるため、「パパ、ハンバーグ焼いて。でも昼間はお家にいないで」と厳命されていたから。
「ありがとうございました。お先に失礼します。ごきげんよう」
お世話になった先輩方に挨拶をして、会場を後にした。
帰り道、無精ヒゲを剃り忘れていたことに気づき、激しく後悔した。

驚いたも楽しかったも勉強になったもいろいろ撚り合わさった、優しい手触りの催しだった。
しかも、手は口ほどにものをいう。お陰様でセーターもかなり編み進んだ。その隣で誰かの作品ができていくライブ感も新鮮。
一人でやって楽しいことは、誰かとやっても楽しいもの、なのかもしれない。主催者と先輩方には、本当に感謝です。

できれば私は、また参加したい。毎月に近いペースで開かれているみたいだし。
とりあえずあのセーターは、たとえ失敗してピチピチになったとしても、着ていかなければならない。それはそれで、また別の勇気が要るけれど。
次回、私は何を編んでいるだろう。

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