46歳のサラリーマンが、編み物を一年間つづけたら
「あんた、鏡餅やん」
妻は笑い終えると、缶チューハイを美味そうにあおった。
私はオフホワイトのセーターを試着していた。三ヶ月かけて初めて編み上げた、自分なりの超大作。
「見て!できた!」
フィット感が全身タイツだった。
生地が伸びるほど突き出た腹。その上で、胸と肩がはち切れそうになっている。実際、うっすら息苦しい。
でっぷりしたシルエットに、磨きをかける膨張色。鏡餅。たしかに。
「へへへ。サイズ間違えたわ」
「それレディースサイズちゃう?」
とりあえず、妻にウケたからよしとする。
私は身長174cm、体重78kg。腹回りは98cm。「鏡餅」の前は「昭和のプロレスラー」と呼ばれたこともあった。
ただでさえデカいのに採寸を怠け、目算で編むからサイズを間違えるのだ。
逆に言えば、採寸しようと思えばできる程度には編み物に慣れてきた、ということでもあった。
私が編み物を始めたのは、ちょうど一年前だった。
メンタル不調で休職していた時期。知人に勧められた本を読み、自分に向いているかもと思った。
初期投資も、編み棒と毛糸で総額二百円。気安く始められる趣味ほど、気長に続いたりする。編み物は思わぬセルフセラピーになった。
針と糸の動きに集中していると、指先が敏感になっていく。
糸の張り具合を指で調整し、針先にひっかけ、糸の隙間に通す。ミリの世界なのに糸の感触は確かで、優しい。
手で考え、指で感じることで、脳みそが休まる感覚があった。ずっと鳴りやまない電話のような、緊張や不安も収まっていった。
頭が空になり心がほどけてくると、身体の強張りも緩んでくる。
平日昼間に編んでいて分かった。職場でも家庭でも、ずっと私は力んでいたらしい。背負い込んだ肩の荷を下ろしてはじめて、その重さに気づいた。
風呂、ハミガキ、編み物。
その習慣は、職場に復帰してからも続いた。そして働き方や生活のペースに、かつてはなかった息継ぎが生まれた。
夜、妻と娘が寝静まった後に編む。誰もいないリビングで30分だけ、ときには15分だけでも。 すべてのデジタル機器をオフにし、目の前には編み地のみ。
どこかのお家から、玄関を開け閉めする音がする。犬が吠えている。自転車カバーが風になびいている。と思ったら、酔っぱらいの熱唱が接近し、遠ざかっていく。ご機嫌なドップラー効果。そして再び、つまみを絞ったような静寂。
編み物を一段落させて布団に入ると、もうスマホを見る気になれない。よく眠れる。
私が手に入れたのは、たぶん自分の時間なのだと思う。
かつては仕事を忘れるために、お酒を毎晩飲んでいた。それが編み物に替わった。
編むという反復作業はどこか音楽的で、陶酔感がある。一定のリズムで繰り返すうちに、それは深まっていく。 結果として、酒量が1割ほどに減った。それでもへっこまないビール腹は負の遺産。
積み上げるものが缶から段に変わると、日々に達成感が生まれた。コツコツ編めば、着実に完成へと近づく。その安心は、仕事にはないものだった。
これまで編んだのは、ニット帽。マフラー。ネックウォーマー。ネクタイ。チョッキ。靴下。かつて腹巻きだったネックウォーマー。名前のつかない鍋敷き状のもの。
今となっては、セーターまで編んでいる。
「ちっと脱いでみ」
妻が指を四本揃えて、クイクイと曲げて見せた。よこせのサイン。
「あたし着れるんちゃうの」
彼女がそんなことを言い出すなんて、初めてだった。
私が隣で編み物をしていても、興味を示したことがない。 そもそも私に興味がない。
その彼女が、セーターに頭を突っ込んでいる。さっきは笑い過ぎたと思ったのだろう。彼女なりのフォローだと分かった。
「お。いけるんちゃう」
気をつけをしてみせた彼女を、じっと見つめる。
こんな小さかったっけ。
肩が落ち、襟首から鎖骨が見えそうだ。胸回りや腹回りの生地もたるみ、きっと風が通ってしまう。着ている、というより、かぶっている。
そりゃ私が着るために編んだから、彼女には大きいだろうと予想はしていた。
しかし、それにしても。
彼女はいつのまにか、少し小さくなっていたのかもしれなかった。
もともと華奢ではあった。でも、
「うしろどんな?」
そう聞かれたところで、細い首筋が脆く見えてしかたなかった。真っ白になったつむじも。白髪染め、自分でやってたのかな。
私が我が事で精一杯だった間に、彼女は50歳に近づいていた。
今の私は、彼女の服のサイズさえ知らなくなっている。編み図の本を読めば、彼女が着られるものを編めるようになるだろうか。
「あかん。やっぱでけぇわ」
彼女がもがきながらセーターを脱ぐ。扱いが雑。
「着るならウールでちゃんとしたやつ編むよ」
「いらんわ。縫い方が悪ぃのかしらんけど、ダサいわ」
もはやサイズ関係なし。しかも“ダサい”だけ東京弁。その口も引き抜き閉じしたろか。
「しかしあれやで。完成させたのはえれぇわ。次はもちっと上手く編めんちゃう」
さすが我が妻、イイこと言う。皆既月食くらいごく稀に。
私もどこかでそう思っていた。
一年間、失敗も停滞もリトライもあった。やっとできたセーターだってサイズミス。縫い合わせはぎこちなく、あちこち場当たり的な誤魔化しだらけ。
それでも、出来上がったことには変わりない。ゴールしただけでも大したもんだ。
ときどき自分を褒めてやる。編み物をつづけて、自分との付き合い方も少し上手くなった気がする。
とりあえず、編めましておめでとうございます。
2年目は、ちゃんと彼女たちが着られるものを編もう。まずは編み図の勉強だな。

よく見ると、袖の太さに比べて身幅が狭い。乾燥機で伸びないか淡く期待中。やめとけ
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