見たことのない演技に出会った。映画「時のおと」

見たことのない演技に出会った映画「時のおと」
草冠結太 2026.04.14
誰でも

面白かった、のもっと上。
「これ、どうやって撮ったんだ?」
映画を観た後。頬に手を当てて、しばらく動けなくなりました。

現在上映中の「時のおと」という作品です。

第一部の主人公たち。クロスピースというらしいです

第一部の主人公たち。クロスピースというらしいです

先日、私はこの「時のおと」の音声ガイドに協力する機会をいただきました。
見えない方や見えづらい方に向けて、映画の視覚情報をナレーションで補うのですが、言葉で描写しようとするほど
「こんな映画、観たことない」
とても感動というか、たまげたというか。私は常識もろともひっくり返りました。
なので、その魅力の一端だけでもご紹介したいと思います。

街と、時間を、音で描く映画

本作は117分の、四部からなるオムニバス。
演劇部として最後の夏を迎える女子高生たち。
街の音に憧れ、三味線を学ぶ女性。
世代交代に向き合いながら生きる漁師。
移住して農家を目指す男性。
そんな彼たち彼女たちの、生活や人生の物語です。

舞台は福井県。5つの市から全面協力を得て、春夏秋冬一年がかりで撮影されました。
津田寛治さんをはじめとする役者陣には、実際にその街に暮らす方々も大勢。
監督は、シッチェス映画祭をはじめ国内外で高い評価を受けている片山享さんです。

この映画は街と、そこに流れる時間を、音で描いています。だからきっと「時のおと」。目には見えないはずのものを映し出しています。
方言や日々の音。そこから立ちのぼる人の機微や街の営み。そして、過去・現在・未来。時の流れを描くために音を描いている、と言い換えてもいいかもしれません。

セリフをマネしたくなるのは、いい映画

とくに印象的なのは、登場人物たちのお国言葉。
私はこの映画を観るまで、福井県の方言をイメージできませんでした。どんなイントネーションだっけ?

でも、劇中の会話に耳を澄ませていて、知りました。福井弁は、柔らかくてなめらか。抑揚が控えめで、耳が落ち着きます。

たとえば
「おっつぁ」「おっつぁま」
意味はお父さん、もしくは年長の男性のこと。私が担当した第三部では、主人公の友だちが、主人公の父親を指して使っていました。
この、丸くて軽やかな方言を聞いた時。
「たぶん私は、おっつぁまにあたる語彙を持ってないかも」
と考えてしまいました。

目上の男性を親しみを込めて呼ぶのは、実は難しい。お父さん、お父さま、父上、おっちゃん。どれも何かが足りない、何かが過剰。「おっつぁ」「おっつぁま」のちょうどいいタッチがないのです。
やはり方言は歴史に洗練されてきた、地域の知的財産なのだなと感じました。
マネしたい。セリフをマネしたくなる映画は、間違いなくいい映画です。

そこにしかない音、そこでしか生まれないシーン

同時に本作は、方言以外のさまざま音も収められています。
街の音、山の音、海の音、風の音、祭りの音。雪が降る音や、花の散る音まで聞こえてきそうです。
ややもすればどの街でも鳴っていそうな音たちが、どうしてあれほど輝いて聞こえるのか。

おそらく、街や時間を表現するうえで、音が替えのきかない要素になっているからだと思います。
そこにしかない音が、そこにしかない記憶と響き合い、そこでしか撮れないシーンを作っている。

第四部には、こんなシーンがあります。
郷土芸能「勝山左義長ばやし」の太鼓を乱れ打つ若い女性。お祭りの練習です。両手を大きく振り上げ、打ち下ろして大音を轟かせます。
その笑顔は、素の時とは明らかに別人。爽やかな恍惚、なんなら野生性まで露わになっているように見えます。
フェスやライブなんかより強烈な、歴史に裏付けられたビートのチカラ。とにかくキモチよさそう。郷土芸能が受け継がれてきた必然性を目の当たりにしました。

この瞬間にしか生まれ得ないシーンの数々が引力を放ち、目を奪い続けます。しかもときどき、こちらのいつかの思い出を呼び覚ましてくる。
この映画のマジックです。

演じるけど演技じゃない。虚構だけど嘘じゃない。

マジックといえば、もう一つ。
演技。
映画なんだから当たり前。そう思うでしょ。違うんですこれが。

この映画は四部すべて、市井に生きる人々の日常を描いています。なので一見、ドキュメンタリー作品のように見えます。
「あれ?ドキュメントだっけ?」
私は混乱しました。
でも、お話にはストーリー性があり、画も計算して作り込まれていて、間違いなく完全な劇映画。
「これ、ぜんぶ台本あるってこと?」
ますます混乱しました。

理由はシンプルで、役者のみなさんの演技が自然だからです。自然すぎて、演じているように見えない。
しかも、いわゆるお芝居の訓練を積んだ人は6名だけ。他200名ほどの役者さんは、地元の方をはじめとした人たちです。もう常識崩壊。

小説を読んでいると、キャラクターたちは作り話の中で動くんですけど、演技はしていないですよね。あれって脳内想像だからこそ成立する表現だと思っていました。マンガやアニメというものもありますが、この映画はそれを現実世界、しかも生活圏内で表現しきっています。
役者さんは自分のまま日常を生き、それが丸ごと物語になっている。ように見える。なんでそんなことができるのか。

ここでも時間というものがカギになっていると、私は感じました。
おそらく役者さんの頭の中に入っているのは、セリフや動き以上のもの。役の過去、つまり役が生きてきた「記憶」なのではと。
役の人生の記憶を背負い、振る舞い、喋っている。記憶の延長線上にある今を生きているだけ。それがカメラの前、というだけ。演じているけど、演“技”じゃない。虚構だけれど、嘘じゃない。

第一部には演劇部の高校生たちが、部室で記念写真を撮るシーンがあります。セルフタイマーでシャッターが降りるまで、わずか数秒。その数秒のじゃれあいやポーズに、「三年間」の面影がある。
その役を生きるということは、その役の記憶を生きるということ。なのかもしれません。

演技ってそういうもんでしょ?
とか思ってませんか。いや、違うんです。もう次元が異なってるんです。いわばマルチユニバース。私たちが観るのは、矛盾してますが「現実世界のマルチユニバース」なんです!自分でも何言ってるか分かんなくなってきました。
とにかく。映画や演技の概念が、きっと覆りますよ。

最後に、もう一度お知らせをさせてください。
映画「時のおと」が4月16日から30日まで、音声ガイド付きで上映されます。第三部のナレーター・古川紬さんの声は本当に素敵。あのニュアンス、なかなか出せません。見える方も鑑賞体験がいっそう深くなるはずです。
映画館は、東京のJR山手線・田端駅にあるシネマ・チュプキ・タバタ。ユニバーサル・シアターなので、障害のある方やお子さん連れも大歓迎。コンパクトで、しかも人気なので、ご予約が安心です。
音楽が美しい映画は多いですが、音が美しい映画はなかなか出会えません。ぜひ音響のいい劇場でご覧ください。

それにしても行きたいなぁ、福井。

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