2月のピンチに腹巻きを編む

2月のピンチに腹巻きを編む
草冠結太 2026.02.19
誰でも

2月はコブラツイストで始まった。

朝のランニング。腰がくの字に傾いたまま、軋む痛みで動けなくなった。そのまま固まってしまい、足が出ない。足どころか声も出せない。一人きりの公園で、食いしばった歯の間から、ただただ白い息を吐き続けるだけ。遭難した気分だった。

午前休暇をとって駆け込んだ、というか倒れ込んだ鍼灸医院では
「草冠さん、毎年この時期になるといらっしゃるっスね」
と言われた。人のピンチを確定申告みたいに言いやがって。
でもその通り。私は毎年2月頃になると、へし折られるような腰痛に襲われる。しかも歳をとるにつれ、痛みが増している気がする。
原因は、間違いなく働き方。12月のラストスパートと1月のスタートダッシュに、身体が耐えられなくなってきているのだ。

「デスクワークっスか?」
「外回りとデスクワークと半々ですね」
「長くてどれくらい座ってます?」
「んー12時間くらい」
「それお仕事じゃなかったら拷問っスよ」
お仕事でも拷問だよ。

彼いわく、座り方が悪いと腰の筋肉が硬直し、そのまま固着する。冷え込むとそれが限界に達し、ツララが折れるみたいにボキっとくる。勤め人のギックリ腰はだいたいこれで、ベテランほど窮地に立たされるらしい。

だから、座っている時間をできるだけ短くすること。それが難しければ、腰を温めて氷を溶かすこと。
「腹巻き、いいっスよ」
前回も同じことを言われたなと、ダーツのように射抜いてくる鍼にうめきながら思った。

実は、かかりつけの精神科医にも同じことを言われていた。
「腹巻きオススメですよ。お腹を温めると体温が上がって、気持ちが落ち着きます。お風呂にゆっくり入るのと一緒」

なので私は去年、ラクダの腹巻きを買っていた。
一度つけてみるとわかる。人生が腹巻き以前と以後に分けられるくらい温かい。今まであんなに冷やしててゴメンね。自分のお腹に謝りたくなる。

でも、これまで着ける気になれなかった。
理由は、色。地味なベージュ。スーパーの2階で買ったやつ。愛想もヘッタクレもないその色合いは、腰に加齢の重みまで加わるようで、気が滅入った。
しかも私は、それが運命的なほど似合ってしまう。
「寅さんやん」
妻が笑う。それを言っちゃぁおしめぇよ。ますます滅入る。
だからせめて色くらい明るいものを着けたかった。

そこで今年は、自分で編むことにした。
ピンチをチャンスに変える技能を、スキルという。編み物を覚えた今なら、「つけたくなる腹巻き」ができるかもしれない。
ちょうど毛糸の糸切れが溜まってきた、というのもあった。何かを編むには短すぎ、捨ててしまうには長すぎる。色も太さも素材もバラバラの糸が6種類ほど。カラフルな仕上がりにできそうだ。
私は長めの棒針を買って、輪編みを始めた。

ニット帽やネックウォーマーもそうなのだが、ぐるぐると円を描くように編んでいくのは、気楽でいい。一段目だけ首や頭、今回ならお腹の周囲に合わせて編めば、あとは目分量。身体に当てながら、頃合いのところで完成にできる。初心者でも簡単。

ベストやセーターのようなウェアだと、そうもいかない。やれ身幅だやれ袖丈だと、まめに寸法を測る必要がある。まだ初心者の私は、ビビって気忙しくなってしまうのだ。

編み物しているときくらい、ぼーっとのんびりしたい。いっとき脳みそから荷を下ろすというか。
実際、ニットセラピーというものもあり、学術論文も多い。マインドフルネスに近いのかもしれない。マインドをフルネスできたことのない私でも、輪編みならできる。

針と糸に集中していると、手の感覚が鋭敏になっていくのがわかる。6種の端糸にはそれぞれ編み味があり、触れていると使った当時の記憶が蘇る。指先で感じ、指運びで思い出す。人は、身体でも考えているのだと気づく。

初めて買った赤いアクリル糸。100均だったから、失敗が怖くなかった。だから続けられた。サッパリした硬さは、糸を張る感覚をつかむのにうってつけだった。
娘のネックウォーマーを編んだピンクのウール糸。余韻を感じる柔らかさに驚き、編みやすさにさらに驚いた。
義母に靴下を編んだ糸も。あんなに喜ばれるとは思わなかった。キャンディーのような色合いのとおり、手触りも甘く優しい。細いから他の糸と二本どりにしよう。

縁あって手に取った糸たちを無駄にせず、使いきれることにホッとした。
みんな一長一短あり、色がある。それをどう活かすか。営業チームのリーダーとしては、メンバーのマネジメントと重ねてしまう。糸も人も、編み合わせの妙があるのだろう。

昨日の糸と今日の糸、日々の気分で組み合わせを楽しんでいたら、たちまち編み上がってしまった。もっと編んでいたかったけれど、これ以上は派手なミノムシになってしまう。

サイケなボーダー腹巻きを、洗面所で試着する。
温かい。色も悪くない。少しゆるい気もするけど、何度か洗濯したり、なんなら乾燥機にかければ手っ取り早く縮んで、ちょうど良くなるんじゃないか。問題ない。ちょっとラフに扱えるのは、自分用に編むからこそ許される自由だ。

・・・お気づきだろうか。
問題が大ありだった、ということに。
使い方を知らない自由ほど、怖いものはない。

着け始めて1週間。腹巻きから、日に日に生気が失われていった。
腹から下っ腹へ、下っ腹から太ももへ。あれ?と思ったらストンと落ちた。

明らかに、伸びきっていた。

え?え?毛糸って洗濯と乾燥で縮むもんじゃないの?
慌てて検索すると、こんなコメントにベストアンサーマークがついていた。
「うちのアクリルたわしは縮むどころか伸びがちですね」
「アクリル毛糸は縮まない…というか、むしろ気をつけて洗わないとでろーーーんと伸びる気がします」ベストなアンサー、ワーストなお知らせ。
伸びるパターンもあったのかよ。

私はアクリル糸を多く使っていた。それが原因だったらしい。
元に戻す方法も調べても
「ドライヤーを優しくかけると戻りますよ」
という親身なアドバイスから
「そういうのを「糸を殺す」って言うんだよ」
といった言葉のビンタまであり、情報迷子になっただけ。
それに。いろいろ試すまでもなく、手の上で弛緩しきった腹巻きは、まるで魂が抜けたように重く、復元不可能だと直感した。

”かつて腹巻きだったもの”を無言で見つめる私に、妻が言った。
「首に巻きゃいいやん」
逆転の発想がコペルニクス級。私は天才と結婚したのかもしれません。ありがとうそれ採用。
腹巻きを8の字に捻って頭を通す。泣けてくるほどジャストサイズ。首が温かいぶん、お腹の寒さが腰まで響いた。

さっそくもう一枚編もうと思ったが、やめた。そうやって手当たり次第に急ぐ癖を、見直す時期が来ているのだ。
2月は来年もくる。腰のピンチもくるだろう。腹巻きは、その時にまた編めばいい。
風物詩としての編み物。そう考えれば、腰痛もまた季節の便りと言えなくもない。いや、そこはやっぱり不幸の手紙だな。

サイケなカラーリング。嫌いじゃない。悪くない。おじさんの自画自賛。これを言いたかっただけ。

サイケなカラーリング。嫌いじゃない。悪くない。おじさんの自画自賛。これを言いたかっただけ。

ネックウォーマーに生まれ変わった。いかに伸び切ってしまっていたかがわかる。もはやマフラー。

ネックウォーマーに生まれ変わった。いかに伸び切ってしまっていたかがわかる。もはやマフラー。

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