細木さんちからのソファ

細木さんちからのソファ
草冠結太 2025.11.11
誰でも

まさかね。

と、言いたくなるニュースほど、本当だったりする。厄介な時代です。

来年、あの細木数子がNetflixでドラマになるという。しかも主演は戸田恵梨香。マジか。いろんな意味でスゴい。

細木数子とは、かつてその強烈なカリスマ性でメディアを賑わせた占い師。激動の人生だったと言われている。2021年没、享年83歳。

このニュースを目にした時、私はとあるソファのことを思い出した。もう25年以上も昔。「アルマゲドン」という名の映画が流行ったり、私が高校生だったりした世紀末の話。

ある日、学校から帰ると、おいちゃんが私を待ち受けていた。

「お!結太、ちっと手伝ってくれ」

玄関先の軽トラ。荷台には、仰々しいほど風格のあるソファが載っていた。4脚。これを家に運び込みたいらしい。

「またなんかもらってきたの?」

「これ一つで、この車より高ぇんだぞ」

100円拾った悪ガキの顔で、おいちゃんがニヤッとした。

彼は、ひところ私の父親がわりだった人。元ヤクザだった。その謎の人脈と案外なお人好しから、いろんなものを譲り受けたり押し付けられたりしていた。電子レンジ。炊飯器。集中力向上マシン。ウォーターベッド。クリスマスケーキ。アメリカン・ショートヘア。ゴールデン・レトリバー。その他いろいろカタカナ多め。このふてぶてしいソファもその一つらしい。

二人で差し向かいになり、荷台から家へと運び始める。

「おい、気をつけろ。これぁ腰やんぞ」

言われなくてもわかっていた。膝が笑う。背中が反りかえる。指は擦りむく寸前の真っ赤だ。

重い。とにかく重い。おいちゃんは普段、故障した大型二輪を運ぶ仕事をしていた。かたやの私も柔道部出身だ。そんな男が二人でかかっても、数歩ずつしか動かせない。間違いなく、一般家庭には不要な重量だった。例えるなら、墓石。持ったことないけど。というか、持っちゃダメだけど。

「引きずんじゃねぇぞ」「擦んじゃねぇぞ」 

うるさい。そっちこそ気を付けろ。どうせ中になんか隠してるだろ。白い末端価格的なものとか、黒いバキュン的なものとか。

汗とベソをかきながら運び終わり、4脚すべてがなんとか収まったと安堵したところで、気づいた。ただでさえ狭い居間の半分以上が、ソファに占拠されてしまった。立つことと座ることしかできない。ブラウン管のテレビが鼻先に迫る。息苦しい。これじゃカラオケボックスだよ。

それでも。私は草冠家初のソファが嬉しかった。”居間”が”リビング”に変わった瞬間だった。

「座り心地グンバツだろ」

「うん。そこまで柔らかくないんだね」

座面はほどよく張りがあり、腰も尻も疲れない。背もたれには奥行きがあり、身体をゆったりと伸ばすことができる。ツルツルした肌触りの生地も、光沢があるのにムレない。絹糸かも。これなら長時間でも座っていられる。高いには高いなりの理由があるのだ、と感心した。

「なんつっても国会議事堂と同じやつだからな」

高いにもほどがあった。やっぱり。コレはいつもとはケタが違う気がする。私は詮索しないようにした。知らぬが仏。

「地獄に落ちますよ」

そこから数日後か、数週間後か。ソファでテレビを見ていると、おいちゃんがバラエティ番組でチャンネルを止めた。低くハスキーな声で、老女が隣の出演者を脅している。髪はふんわりオールバック。メイクも衣装も上品なのに、異様なほどの迫力を感じた。それは人の弱みを見抜いてくるような、操ろうとするような、鋭い目つきからくるものだった。

その顔を指さして、おいちゃんが言った。

「あーこの人この人。このソファな、この人んちからもらってきたんだ」

細木数子だった。

「この細木って人な、大親分のコレでな」

おいちゃんが小指を立てる。

「要るかって言われたら、結構ですとは言えねぇわな」

誰から言われたのか、訊かなかった。大学受験を控えた私にとって、これほど知らなくていい話もない。

「ヤクザってなぁ意外と信心ぶかくてな。神も仏もありゃしねぇくせに、どの事務所にも必ず神棚はあるしな。モンモンは不動さまとか菩薩さまだったりとかな」

おいちゃんが問わず語りに続けた。

「だからな、こっそり占い師やら拝み屋やらを詣でる親分てのも、実は結構いんだ」

「政治家とか社長さんとか、お抱えの人いるっていうよね」

「まぁ細木さんもそんなとこだろうよ。親分てなぁ孤独なもんだぞ。下のもん束ねて食わせにゃならんし、裏切り乗っ取り当たり前。挙げ句タマまで狙われる。そのへんの社長さんと変わらんねぇ」

そのへんの社長さんはタマ狙われないだろ。

「てことは、だ。この人の占いはめっぽう当たるってこった。占いハズレてハジキが命中なんて笑えねぇだろ。シッシッシッ」

笑ってんじゃねーか。

「俺ぁ大親分には会ったことねぇけんど、親分ってなぁ独特な色気がある人が多いんだよ。ゴクツブシどもも惚れるような男前じゃなきゃつとまらねぇ。いわんや女をや、ってのか?細木さんもいつしか惚れたんだろうな」

「ただな、大親分と五分で渡り合ってんだから、この女の度胸も半端じゃねえ。そんだけの度胸がありゃ、占いなんざいらねぇわな。のし上げてもらったのは大親分のほうだったりしてな」

「この細木さんも、人様には言えねえ苦労をさんざしたんだろ。戦争に負けた頃のヤクザもんなんて、みんなそう」

おいちゃんの声が、途端にか細くなった。この”ヤクザもん”にはきっと、説明しきれない人々が含まれていたのだろう。

ふんふんと聞いていた私はというと、内心では興奮していた。テレビに出てる人が座っていたソファ?すっげー!この艶、この張り、この匂い、やっぱ違うわ!

紅白の視聴率が50%超、芸能人がまだ芸能人だった時代。テレビのむこうとこっちがつながるなんて、せいぜい貞子くらいのものだった。深く考えずに舞い上がり、深く考えることを知らないまま、私は第五志望まで全落ちした。

おいちゃんは私をかつぐのが好きだった。だからあの話が、どこまで本当かわからない。いつもの与太話だったのかもしれない。あれから四半世紀が経った今なら、きっとGoogleがいろいろ教えてくれるだろう。彼から聞いたシマや組の固有名詞も覚えている。

でも、調べる気にはなれない。もしおいちゃんの話と符合してしまったら、と想像すると怖いからだ。思い返せばゾッとする。冷える肝が一つや二つでは足りない。それに、おいちゃんならきっとこう言う。

「仁義を知らねぇ素人は、ヤクザより始末が悪ぃ」

裏社会系のネット情報なんて、そのオンパレードだろう。おいちゃんは彼女を悪様に言わなかった。私はそこに盃うんぬんを超えた、悪名を引き受けた人間同士の何かを感じた。裏稼業に生き、さされた後ろ指をへし折りながら、表舞台に辿り着いた人の影が、濃くないわけがない。強くなるしかないほど、弱い場所で生きてきた。信じられるものが仁義しかなかった。そういう人もいるのだ。「この細木さんも、人様には言えねえ苦労をさんざしたんだろ」。おいちゃんの、あの声を思い出す。

ちなみに、ソファはその後。三匹の飼い猫たちに爪を研がれ、毛玉を吐かれ、早々にボロッボロになった。おいちゃんは「バチ当たんぞ!」と怒っていたけれど、誰が投げたか分からないそのバチは暴投で、私たちのほうに大当り。間もなく一家離散の憂き目にあった。

これも「地獄に堕ちるわよ」の祟りだったりして。まさかね。でも。まさかなことほど、本当だったりするんだよな。

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