義母に靴下を編んだら
生まれて初めてクリスマスプレゼントをもらったと、義母はビデオ通話の向こうではしゃいでいた。M江さん、戦中生まれ。去年の12月のことだった。
プレゼントとは、私が送った靴下だった。妻から、おかんが足もと寒ぃ寒ぃ言ってんねん、と聞いて編んだもの。年末年始は、孫娘のクリスマスプレゼントとお年玉がある。よしてと伝えたところで、必ず送って寄越すM江さんへの、せめてものお礼だった。
とはいえ、私は初心者。年の瀬の限られた時間で、編めるものを編むしかなかった。やっとのことで出来た靴下は、踵もないシンプルな、というか原始的なもの。あちこち編み損じ、新品なのに繕いだらけだった。
それでも。M江さんは年末ジャンボでも当たったかのように喜んでくれた。
「アンタ上手やないの!糸がいいわ、糸が。忙しかったろうにありがと」
「踊りの教室に履いてって、みんなに自慢しよ」
「ありがたくて履けんわ。額に入れて飾ろ」
履くのか履かないのか。
よほど嬉しかったのか、このテンションは正月まで続いた。
「あけましておめでとう。そいでこないだの靴下な、ありゃ温ったけーな!」
履いてくれたらしい。ビデオ通話の向こうで、一升瓶をウクレレのように抱えていた。おとそ気分、絶好調。妻からお年玉もあげているはずなのだが、すっかり忘れているようだった。
いつしか「本年もよろしくお願いします」と言わなくなり、仕事が通常運転というか、あおり運転な忙しさに戻った先日。彼女から大きな段ボールが届いた。中には、妻の故郷の味噌と醤油。おせちで余った栗きんとんをタッパーで。その隙間に緩衝材として、路地物のミカン。
そして、手編みのローソックス。
「こないだのお返しやけん。履いてな!」
お礼の電話をかけると、何の疑問も抱いていない朗らかな声が返ってきた。靴下のお礼に靴下、というセンスがM江さんだった。
ブルーxピンクと、イエローxライトブルーの二足。丸っこくて、かわいい。しかしよく見れば編み目は端正で、文字通り”一糸乱れず”並んでいる。撫でると指先に静かな旋律のようなものを感じ、丁寧に編んでくれたことが伝わってきた。
編み地はカーブを描いて編まれていて、踵はないのに足にフィットする。この編み方、何だ?
二枚の編み地を合掌させるように縫い合わせているのだが、爪先は一点で絞れている。編み地の原型が想像できない。
足首がスースーしないよう、履き口にはゴムまで通してくれていた。どこからゴム糸を入れたのか。地下鉄はどこから入れているのか、という謎に近い。
正直に言って私は、「ありがとう」を「すごい」が追い越してしまった。味噌や醤油や栗きんとんやミカンの礼をきれいサッパリ忘れて、思わずきいてしまう。
「この靴下ホントいいね。どうやって編んだの?」
「アフガン編みっつってな」
「どうやって編むの?」
「適当」
「どれくらい時間かかるの?」
「忘れた」
教える気なし。この人はいつもそうだ。料理のレシピをきいても「だいたい」としか返ってこない。
実はこれまでも、同じ靴下をもらったことがあった。その度に温かさと心地良さから毎日使い、だからといって大してありがたがるでもなく、当然のような顔をして数年で履き潰していた。
でも、今ならわかる。すぐにできる編み物など、ない。ましてM江さんは去年骨折してから、手がよくつるらしい。目なんか老眼を通り越して後期高齢眼だ。なおさら時間がかかっただろう。二足ということは、私が編んでいた頃には、すでに彼女も編み始めていたのかもしれない。何度か編み直した可能性もある。草冠家は三人家族。本当は三足編みたかったのではないか。
私は、履けなくなってしまった。
額に入れて飾ろうか。そう思っている横から、娘が一足かっさらっていった。あらためて、電話口で礼を伝える。
「ありがとう。大事に履きます」
M江さんはいつも、欲しいものなどないという。「現金がえぇな。ケケケ」そう笑ってごまかす。きっと、いや絶対に本音だ。だからといって娘や婿からの金を、「こりゃどうも」と受け取るようなタマじゃない。とはいえ旅行に連れて行くには老いすぎ、孫を連れて帰るには旅券が高すぎる。
でも、編み物があった。編んでいる間、人は無心になる。と同時に「似合うだろうか」「サイズはどうか」「風邪をひかないように」と、贈る人のことをずっと考えている。それは少し祈りに似ている。その時間の結晶は、温かいものだ。嬉しいものだ。M江さんはそれを知っていた。私も、知った。
「そこでや」
どういたしましての代わりに、彼女が切り出した。
「うん」
なんなりとどうぞ。
「Yのも編んでやって欲しいんやわ。ニット帽。赤い糸で頼むわ。情熱の赤や。縁にイニシャル入れてくれっち。寒いうちに使うけん、急いで送ってな!」
前言撤回。M江よ。編み物がどんだけ時間をくうか、知ってるよな?
Yとは義兄、つまり妻の兄のこと。断れるわけがない。いえ!お断りするなんて考えたこともございません!ということで今、急ピッチで赤いニット帽を編んでいる。夜な夜な進めれば、どうにか1月中には完成するはず。M江さんの死装束も、私が真っ白い毛糸で編んでやろうか。できれば、ずーっと先だといいけどな。
義母が編んでくれた靴下。履き心地がいい。さすが戦中生まれ。年季が違う。娘が我先に所有権を主張した。
気仙沼の毛糸。細くて柔らかく肌触りがいい。「こんな糸があるんやねぇ」と義母が感心していた。
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