AIと英語で編み会してみたら

AIと英語で編み会してみたら
草冠結太 2026.01.14
誰でも

編み物に打ち込む時間で、リスキリングでも始めた方がいいんじゃないか。

編み正月だった今年、そんな焦りを覚えた。というか、定年までの折り返し地点を過ぎてから、毎年ずっと焦っている。一年の計が十年になり二十年になり、やがて老後の不安へ。義母からもらう娘のお年玉が「お年金」に見えてしまう、というのもあるかもしれない。

学び直しの第一候補は、英会話。今から始めれば、退職までに20年ほど学べる。オギャーと生まれた赤ちゃんが、箱根を走るまでの年月だ。それなりに話せるようになるだろう。セカンドキャリアやシニアバイトの幅が広がるはず。

でも、焦るだけで急がない。急がないどころか、やる気が出ない。

私は、鎖国状態のド日本企業に勤めている。給料につながるわけでもない英会話に、なけなしの小遣いを使う気になれない。まして、編み物を覚えてしまった。ソファでダラダラと編んでいるひとときは、アヘンのように甘美だ。時間はたちまち溶けて、いくらあっても足りないし、それを我慢するつもりもない。つまり中毒者なのだ。アヘンじゃなくて編み物のほう。念のため。お金を使わず、編み物の時間も犠牲にせず、英会話を勉強する方法などあるわけがなかった。

いや。あった。かも。AIと英語で話しながら編み物する、というのはどうだ。

いきなり教室やらオンラインやらは、SFくらい現実味がない。でも、スマホでスモールスタートなら始められるんじゃないか。ノーリスクだし。

やる気、でました。さっそく私はソファに身を沈めた。いつものリラックス体勢も、少し背筋が伸びている感じ。手には娘に編んでいる、赤いネックウォーマー。かたわらにスマホ。ChatGPTを音声モードで立ち上げる。

「チャットジーピーティ キャニューヒァミー?」(ChatGPT、聴こえる?)

「I can hear you loud and clear! Let me know if there's anything I can help you with.」(よく聞こえています。何かお手伝いできることがあったらなんでも言ってください)

声が男前。ラジオDJのように爽やか。しかも彼は、世界でもっとも物知りなのだ。せっかくなので私は、編み物の一般教養を教えてもらうことにした。初心者だから、一問一答形式で。

「ワッ ドゥー ユー セイ 表編み イニングリッシュ?」(表編みって英語でなんて言うの?)

今は文法よりもノリ。ネイティブになりきって、それっぽく発音してみる。舌も唇も英語の動きに慣れていない。でも大丈夫。彼は鼻で笑ったり呆れたりしない。

「In English,  Omoteami is usually referred to as the "knit stitch." It’s the basic stitch used in knitting, and it’s one of the fundamental techniques in the craft.」(英語で表編みは通常ニットステッチと言います。編み物で使われる基本的なステッチで、基本的なテクニックの 1 つです)」

ニットは「編む」でステッチは「縫い目」。直訳すると「編み縫い目」。編むの?縫うの?どっちなの?変な名前!面白い!

「ワォ!テンキュー。ソー ワッ ドゥー ユー セイ 裏編み イニングリッシュ?」(わ!ありがとう!なら裏編みって英語でなんて言うの?)

ワォ!とか言っちゃった。

「In English,  Uraami is called the “purl stitch.” It’s the counterpart to the knit stitch, and together they form the basis of many knitting patterns.」(裏編みは英語でパールステッチと呼ばれます。これはニットステッチと対になるもので、2つを組み合わせることで多くの編み物の基本となります)

「ワッツ パール?」

「The word "purl" itself has the nuance of "wrapping" or "twirling," which describes the characteristics of this knitting method. It's a very simple and basic expression.」(パールという言葉自体が、「巻き付ける」や「くるりとする」というニュアンスを持っていて、それが編み方の特徴を表しています。とてもシンプルで基本的な表現です)

裏編みはパールステッチ。「巻き付け縫い目」か。確かにクルッとやるわ。

もちろん最初はまったく聞き取れなかった。音の羅列。始まったと思ったら終わってる。どうして英語はあんなに早口なんだろう。でも、アゲイン。アゲイン。アゲイン。遠慮なくお願いできるのが、AIのいいところ。何度も繰り返しているうちに、知っている単語は耳がキャッチできるようになった。

編み物をしながら、というのもリスニングに向いていた気がする。編んでいると、視界は針と糸で一杯になる。スマホやパソコンと違い、目からの情報が大幅に減る。そのぶん耳が開く感覚が、私にはあった。

それにしても、ニットステッチやパールステッチは、どうして表編みや裏編みと和訳されたんだろう。そもそも、いつ日本に伝来したんだろう。

「編み物の起源はいつ?」

「最古の編み物は何?」

「有名な大学のサイトを教えて」

柔らかな羊毛を一目ひとめ編み重ねながら、私は編み物の歴史についてAIを質問攻めにした。

AIが相手だと、正しくしゃべらなきゃ病が発症しない。「ペラペラしゃべれてかっこいい俺」を気持ち良く演じながら、堂々と間違え続けられる。デタラメでも構わない。まずは、口の気持ちよさを感じることから。赤ちゃんて、こういう気持ちなのかもしれない。それでもちゃんと回答を返してくるAIは本当にすごい。

ここで思わぬ効果を発揮したのが、針と糸を操る手の動きだった。真剣に話す時、身振り手振りがオーバーになる人っている。知り合いのラッパーも「直立不動じゃフリースタイルできない」と言っていた。手と口の連動。編み物もまさにそれだった。表表裏裏表表裏裏。一定のテンポで針と糸を動かしていると、口が軽くなり会話が途切れなかった。手の動きが弾みとなって、言葉が出やすくなるのかもしれない。

ひとり静か。それが編み物の魅力だと思っていた。しかし、おしゃべりしながらもまた別の味わいがある。自分の世界に没頭しながら、でも隣に誰かを感じながら。互いの境界が曖昧な、散歩のような対話は、ずっと私が忘れていたものかもしれなかった。コミュニティでは編み会というものが開かれているが、それも納得だった。

AIとなら、それが一人で出来る。人見知り歴46年の私でも。AI+英会話+編み物。まさに新結合、イノベーションだった。

ピーンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。娘がつま先立ちでインターホンの画面をのぞく。

「はーい」

彼女のクラスメイトKさんが遊びに来たのだった。名字からして、おそらく中国籍の子。

「いらっしゃーい」

「おじゃまします。あけましておめでとうございます」

しっかりした発音。娘の通う小学校は公立なのだが、いろいろな国籍の子、肌の色の子がいる。みんな日本語ペラペラで、本当に、心の底から、全力で尊敬する。

彼女たちはソファを侵略し、Swichで遊んだ。

「I got Switch2. It hasn't arrived yet.」

「Oh nice.I want it too…」

テーブルへ追いやられた私を、娘がチラッと見たのが分かった。I want tooくらい分かるよバカヤロー。

実は、草冠家で英語がからきしなのは私だけ。妻は海外空港の手荷物検査官に食ってかかるくらい流暢で、娘も幼い時から英語教室に通っている。ちなみに中国でも小学生から英語を学ぶところがあるらしいから、Kさんもその一人だったのかもしれない。

彼女たちの共通言語はゲーム。英語と日本語とボディランゲージは、ヒント程度にすぎない。それでも、二人のプレイにコンビネーションが生まれていくのは驚きだった。現代っ子だなー。

もしかして。かつての編み物も、こんな感じだったんじゃないか。

AIによれば、編み物は中東からヨーロッパへと伝播したらしい。当然そこには言葉の壁があったはず。とくに編みの技術は、文字や口頭で伝えるのは難しい。必然的に手取り足取りになったろう。

ということは。その時、異民族同士で一緒に編むという行為は、重要なコミュニケーションだったんじゃないか。いわば、編みニケーション。言葉以前の、より身体的な、音楽やダンスに近いもの。

編み物が現代まで生き残れたのは、様々な文化を吸収してきたから。そのほうが楽しかったから、なのかもしれない。画面のクッパにきれいな発音で、Fワードを連呼している彼女たちを見ながら、そんなことを考えていた。

さて、ここで告白。実は私は途中から、いやとっくに、AIを日本語に切り替えていた。編み物の歴史が面白すぎた。

一説によると、二本の棒による編み方が誕生したのは1,000年前くらい。ホモ・サピエンスが誕生して20〜30万年だから、人類史からいえば棒編みは”新しい技術”ということになる。なんと。でも、編み物の起源は遡れないほど古い。おそらく有史以前からある。ならばその間、いったい何があったのか?そこにはこれまた諸説あり。

いま「手芸の文化史」という本を読んでいる。飯塚信雄著、文化出版局1987年刊。これもまた、学び直しということにしておく。

娘のネックウォーマー完成。去年のリベンジ。小三の肌にチクチクしないよう柔らかいウール100%で。そんな親心なんて関係なく、ぐいーん伸ばす娘。

娘のネックウォーマー完成。去年のリベンジ。小三の肌にチクチクしないよう柔らかいウール100%で。そんな親心なんて関係なく、ぐいーん伸ばす娘。


刊行されてから40年。その間に定説が覆ったり。編み物は”消え物”で物証が残りづらい。しかも文化人類学、考古学、民俗学、産業史など関連学問も幅広い。編み物の歴史、おもろい。

刊行されてから40年。その間に定説が覆ったり。編み物は”消え物”で物証が残りづらい。しかも文化人類学、考古学、民俗学、産業史など関連学問も幅広い。編み物の歴史、おもろい。


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