クリスマスの靴下とサンタさんの正体

クリスマスの靴下とサンタさんの正体
草冠結太 2025.12.16
誰でも

あわてん坊のサンタクロースは、11月から動きだしていた。

まずはプレゼント。娘からリクエストをそれとなく聞き出し、心変りのリスクや小3世代のトレンドを見極めつつ、可及的速やかな「買い」タイミングを探る。売り切れや配送遅延など、考えただけで足がすくむ。

それと同時に、お祭り気分を盛り上げる準備もしたい。しかし拙宅は、リースやイルミネーションを飾れるような立派なお家じゃない。そんな予算があればプレゼントに充てたい、というのが本音だ。結局は何も手配せず、イブ直前になって思い出したように小さなツリーを立てるだけ。というのが、毎年のパターン。

去年までは、ね。

今年のパパはスキルが違う。少しだけ編み物ができるようになった。そこで私は靴下を編むことにした。サンタさんがプレゼントを入れるアレ。ツリーの足元においておけば、クリスマスムードがグッと高まる。だから11月中に編みあげて、シーズン開始に間に合わせたかった。とうさんが よなべをして くつしたあんでくれた。クリスマスムードどこいった。

ということで、せっせと編んだだよ。

まずは編み方のリサーチから。YouTubeを見て、のっけから難しさにのけぞった。履き口、スネ、つま先。構造が複雑で、小さいくせに編み技のデパートみたい。舞の海。古っ。

特にかかとが難所で、パソコンの大きな画面で見ても、目で追うことすらできない。煙に巻かれているような気さえする。ヒールとかいって悪モノかよ!と舌打ちしながら調べたら、どちらも「heel」。同じ綴りだった。やっぱり。

私は初心者でも編めるシンプルな靴下に決めた。かかとのないツララ型の長袋。どうせプレゼントで膨らむのだ。靴下っぽく見えれば問題ない。むしろこだわりたいのは、色だった。絶対に白と赤。ツリーの緑に合わせることで、クリスマスらしい彩りにしたい。

毛糸は、今年編んできたものの余りが使える。オフホワイト、ベリーレッド、ワインレッド。でも、それだけでは足りない。半分も編めない。ならば買い足せばいいのだけれど、毛糸は油断してるとお金を食うのだ。私が買えるのは、せいぜい一玉500円から800円程度のもの。それでも、個数が増えれば出費もかさむ。お店で「お。かわいい色」と手に取ったら、海外ブランドで一玉数千円でした、みたいなこともザラだ。かわいくないので棚に戻します。

「ユニクロ買ったほうが安いんちゃう?」妻に言われることもある。それを言っちゃぁおしまいだが、年末年始はなにかと物入りだから、追加支出はできるだけ抑えたいのは間違いない。

そこで私は、100均で毛糸を調達することにした。ダイソーやキャン・ドゥは、こういうとき頼りになる。色味、太さ、光沢のどれもが手持ちの糸と違うだろう。でも似たものがあれば、なんとかならないか。なんとかなる。なんとかするしかない。

不安と気合いで頭をグルグルさせながら、私は新宿サブナードにあるダイソーに向かった。冬の営業回りは芯まで冷える。セールスマンの生存戦略として、都内の地下街は熟知している。たしか大きなお店があったはずだ。

到着して驚いた。「え?こんなに種類あるの?」うちの近所の店とは、品揃えがまったく違った。色とりどりの毛糸はもちろん、サイズ豊富な棒針やかぎ針、裁縫道具、ビーズなどのデコレーションアイテムにいたるまで、同じチェーンとは思えない。棚を眺めるだけで、目が楽しい。

後に知ったことだが、店舗の大きさと品揃えは必ずしも比例しないらしく。手芸グッズの手薄な大型店もあれば、ディープな小型店もある。系列や立地、客層で仕入れは変わるだろうし、お店のこだわりもあるだろう。いずれにせよ、ダイソー新宿サブナード店は本気だった。

幸運なことに、手持ちの糸によく似たワインレッドが売られていた。2玉購入、200円。手芸店で買っていたら、おそらく1,500円くらいになっていたはずだ。牛丼三杯分の節約はデカい。心で拝みながら家路についた。

そこからおおよそ2週間。日に日に冬になっていくのを指のかじかみに感じながら、靴下を編み進めた。

履き口はオフホワイトで。クリスマスソックスの雪冠みたいなものだろう。膝下あたりはベリーレッド。ピンクに近い色で、この先の深紅とグラデーションを描きたい。スネから先はすべて落ち着いたワインレッド一色に。子ども用だからって、子どもっぽくしない。それが子どもにウケるコツ。カラーデザインの真似事で、いつもと違う脳みそを使っていることを実感する。娘を膝にのせていた頃の塗り絵を思い出した。

主色となるワインレッドは、手持ちの手芸店糸と100均糸の2種類。他の糸と合わせると4種類。操っていると、質感の違いが面白い。いわば「編み味」のようなものを感じるのだ。

手芸店で購入した3種類は、いずれも羊毛。原産地も撚りも違うから、三者三様の個性がある。まろやかさや弾力、なんならコクのようなものが指先から伝わってくる。この味わいの幅広さが、手芸店の専門店たるゆえんなのだろう。

一方の100均糸には、また違った編み味がある。アクリル糸だから、弾力や質感にクセがない。そのぶん操りやすく、テキパキ編めて小気味よいのだ。キレがいい、とでも言おうか。私のような初心者にはうってつけだし、きっとそういうマーケティングなのだ。

編み手のレベルが低くても、毛糸が多少バラバラでも、丁寧に編めばそれなりに仕上がる。編み物には、そんな安心感がある。

11月末。なんとか間に合った靴下は、娘に足を突っ込まれ、そのまま家の床を滑っていた。

「見てみて!スケート!」

さすがアクリル糸。悲しいくらいフローリングがキレイになる。プレゼント用にかなり大きく編んだのだが、それなりにフィットしていたのは意外だった。

「片っぽだけ?」

「片っぽだけ」

「なんで作ったの?」

「サンタさんがプレゼント入れる用」

娘のスケートが止まった。

「あのさぁ。サンタさんてさぁ。ママとパパなんでしょ」

とうとうきたなこの時が。サンタさんは親なのか。その答え方を、親になった時から考えてきた。しかしいざ本番となると、それまで用意していた「うまい答え」など、彼女の勇気をバカにしているようで、口にする気になれなかった

「うん。あたりです。バレてましたか」

サンタの変装を赤鬼と間違えられた年。サンタさんへのお願いレターが糊付け封入され、勘で買うしかなかった年。プレゼントの隠し場所が、年々高い所に移っていったこと。

毎年12月25日の朝に、君と「サンタさん来たね。いい子にしてたもんね」って喜びあうのが楽しみでしょうがなかった。8年間、君のサンタさんになれてとても幸せでした。ありがとう。娘に答えた時、私はどんな顔をしていただろうか。

次の瞬間。娘は右の拳を高々と突き上げながら、叫んだ。

「よっしゃー!ちょうどよかった!」

この展開に、ちょうどいい、とかあんの?

「今セールでマリオのレゴが安くなってるから。クリスマスのいらないから。いま買って」

ブラックフライデー。それが娘なりの気遣いだとすぐにわかった。彼女はとっくに気づいていたのだろう。うちのクリスマスがやたら地味な理由とか、サンタさんの正体とか。どんどん大人になっていく。私がそのスピードに追いつけたことなど、一度もない。

それにしても、クリスマスの前借りなんて初めてきいた。私はすぐさまAmazonでレゴのセットを探し、娘もスマホを覗き込んでくる。

「これか。マリオのやつ」

「そう!これ!」

「あ、本当だ。14,000円が13,000円になってるね」

・・・。え?14,000円?たかがプラスチックのブロックが14,000円、安くなっても13,000円。私の毛糸、一玉100円。それ以上深く考えないようにしながら、私は購入完了までタップしつづけた。

「出番なくなっちゃった」

靴下片手に、もう一人の元サンタに報告する。彼女もずっと静かに聞いていた。

「せやな。ならもう一本編んでや。オカンが足サムいつってんねん。実家に送るわ」

かくして私は今、義母の靴下を編んでいる。ちょっと良い糸で、ちゃんと実用向きのやつを。オカンにクリスマスプレゼント、という予想外の展開。いちサンタ去って、またいちサンタ。来年は、何を編もうか。

娘に足を突っ込まれた靴下。床が綺麗になる

娘に足を突っ込まれた靴下。床が綺麗になる


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