娘たちの漫才と支配人

娘たちの漫才と支配人
草冠結太 2026.02.09
誰でも

小三の娘が、カイシャを立ち上げた。

もちろん、子ども社会起業家とか天才特許少女とかではない。
彼女が立ち上げたのは「お笑いカイシャ」。

娘の小学校には、「係」がない。そのかわり「カイシャ」という仕組みがある。
生き物の世話は「生き物カイシャ」。落とし物の管理は「落とし物カイシャ」。
遊び道具や場所を差配する「遊びカイシャ」は利権が大きく、娘いわく、めちゃ威張ってるらしい。「SDGsカイシャ」なんていうのもあり、フードロスを減らすため給食の見回りをする。あいつらは食べ残し警察だ、とのこと。権力が人を狂わせると、彼女はすでに学び始めている。

小学校は公立なのだがそこそこグローバルで、ミックスルーツや日本語勉強中やいろんな肌の色を合わせると、およそ1割になる。軽度の障害をもっている子も一緒に机を並べている。日本の縮図をわんぱくにすると、3年1組の出来あがり。

おそらく、子どもたちの自主性を重んじながら、いろいろな価値観の中で学ばせ合うためのシステムなのだろう。
事業は思いつき制、計画も自分たちで。求人から実行まで責任をもって取り組み、それができるなら副業もOK。
ちなみに、ニックネームは禁止されている。変なあだ名はイジメの始まり、ということらしい。しかも全員「さん」で統一、くんもちゃんもダメ。性の多様性を尊重して。

遠目から見てもバカだと分かる。私はそういう小学生だった。というか、昭和の小学校なんてそんな子ばかりだった。いいえ私の地元だけ。
いずれにせよ光化学スモッグでラリっていた時代から考えると、日本はきっと進歩している。

そんなカイシャ・システムを利用して、娘は起業した。エライ。親に似ず、行動力がある。
そしてできたのが「お笑いカイシャ」。おちゃらけが親そっくり。
実は、もともとレクレーションのカイシャがあったらしいのだが
「許せないほどつまらなかった」
とのこと。そこで娘は古参のシャイン二人を籠絡。強引に看板を付け替えた。つまり正確には、乗っ取った。イーロン・マスク的。妻の血の濃さよ。

そんな娘を追って、求人も出してないのに押しかけ入社してきた男子がいた。Wだった。

寒波でも半袖短パン。日焼けの残る腕足を絶好調に突き出して、いつもニコニコしている。おうちにお金がないわけではなく、むしろ「どれだけ人の生き血をすすったらこんな豪邸が?」とのけぞるほどお金持ち。

彼はその福々しい手を、左右両面しょっちゅう舐めている。たぶん感触遊び。ぷーんと芳しい濡れた手でアチコチ触るから、みんなから距離をおかれがち。
でも無理に追い回したりしない。自分から話しかけることも少ない。

授業中いないと思ったら、校庭を散歩している自由人。日焼けはそのせいかもしれない。50分間座っていられるようになったのは、娘が隣の席になってかららしい。
ほら着替えて。ほら早く食べて。ほら習字道具出して。
娘の言うことをWは「うんうん」と張り切ってきくと、保護者面談で担任から聞いた。
たしかに二人はよく一緒に下校している。娘というタグボートが、豪華客船Wをひっぱっているように見えた。

その日もWと帰ってきたらしく、娘は玄関で冬靴を引っこ抜きながら相談してきた。
「パパ、なんのネタやったらいいと思う?」
彼女が台本を書くらしい。
「Wがセリフ覚えらんないんだわ」
おちゃらけ歴46年の私が、娘の役に立つ日がきた。

お客は8歳児。みんな知ってる芸人さんかYoutuberをパクればウケるだろう。演る方もラクなはずだ。
でもコントはいろいろ大変。ここはしゃべりだけでいける漫才一択。
そこで私はぼる塾のネタを見せた。

ぼる塾は娘たちと同じ4人組。セリフ回しは棒読みだから、彼女たちがマネしやすいはず。
掛け合いもシンプルで直線的。笑いの方程式は、クラスあるあるや先生モノマネを代入すれば出来上がる。
なにより最後に「ま〜ね〜」と言っておけば確実にオチる。Wでもできるのではないか。
娘はYoutubeの再生と巻戻しを繰り返しながら、宿題では見せない集中力でセリフを書き起こしていた。

数日後、動画をじっと見返していた娘がこぼした。
「Wが間を覚えられない」
そうきたか。
いや、違う。間こそセンスが求められる。Wだからじゃない。誰がやっても難しい、笑いの要だった。
「キミがWの隣に立って、チョンとかやって合図出すしかないな」
それからも娘は気が向くと練習の手応えを話してくれたのだが、明らかにWの話題は減っていった。

実はWが4人漫才を抜けていた、と聞いたのは本番数日前だった。
イーロン・マスク式リストラか?とドキッとしたのだが、どうやらWは自分から舞台に上がらなくなったらしい。
「今はお客さん役やってる」
娘はホッとした笑顔を隠さなかった。

私は私で、別の意味でホッとしていた。よかった。Wはちゃんとシャインしていた。
ネタは初見じゃないとウケない。企業機密。だから観客目線で練習を見て、演者に感想を伝える仕事は、信用できるヤツにしか任せられない。舞台に上がらなくても重要なメンバーだ。

でも。一人ぶん広くなった舞台を、残った三人はどう感じたんだろう。
子どもたちが、子どもたちの世界で決めたこと。大人は口出しは無用と、グッと堪えた。
それに私の職場だって似たようなもの。意見できた義理じゃない。それに、娘が下ろした荷の重さも想像できてしまう。

とはいえ、もし私が漫才ではなくコントを勧めていたら、違う展開もあったんじゃないか。
うまくいってもいかなくても、やるせない。私は、本番の日をどんな気持ちで楽しみにすればいいか、分からなくなってしまった。

「今日ネタ見せだったんだよね」
夕食どき、切り出してくれたのは娘だった。父ちゃん、おっかなくて自分から聞けなかったんだ。ありがとう。
「どうだった?」
「Wが一番ウケた」

どういうことだ。

彼女たちは練習をがんばった。頑張りすぎて、集客がお留守になっていた。つまり、告知を忘れていた。
ネタ披露は給食後の昼休み。「キーン」とチャイムが鳴り出した瞬間に、みんな校庭へ飛び出していく。おそらく一歩目からトップスピードで。

「遊びに行かないでください!お笑いカイシャの発表があります!」
娘は慌てて引き留めたが、無理があった。誰も聞いちゃいない。
「そしたらさ。Wがさ、おぉーきな声でさ」

おもしろいからみてー!

口元に手を添えてメガホンをつくり、娘がWを真似た。

「ゼッタイおもしろいゼッタイおもしろいから!って。そんでみんなすごい笑ってさ」
Wガチ?ヤバくね?つーか声デカッ!マッジウケんだけど!
「それがピークだったんだよね」

Wは天賦の集客力を開眼させ、かなりの客入れに成功。そして娘たちは「めっちゃスベった」。
私は、校庭で遊ぶ声が聞こえるほどシーンとした教室で、人だかりの外からネタを見守るWを想像した。夕食がとても美味かった。

Wは今みんなから「支配人」と呼ばれているらしい。お客を集めるから支配人なのだとか。なぜか劇場の設定。
「あだ名ダメなんじゃなかったっけ」
「んー先生べつになんも言わない」
ま、支配人がイジメられることはないだろう。他シャからヘッドハントがくるかも。Wは、あだ名界のパイオニアになった。

一方シャチョーである娘からは今のところ、次のネタの相談はない。
父ちゃん、いいアイデアあるんだけどな。

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