43歳、初めてハイヒールを履いて知ったこと。その半年後。

2023年の再掲です
草冠結太 2025.01.14
誰でも

聴くと心がもう一度、ファイティングポーズをとれる。きっと誰にも、そんな歌がある。私にとって、RHYMESTERというラップグループのMy Runway feat. Reiはその一つだ。

この曲を聴いて思い出すのは、2023年1月のこと。その日、私は生まれて初めてハイヒールを履いた。きっかけは「DRAG QUEEN x パフォーマンス朗毒劇 QUEEN's HOUSE」という、ドラァグクイーンの舞台。”毒”は誤字ではない。

その劇場で「wiDth last」というシューズブランドがブースを出していた。並んでいたのは、パンプスやハイヒール。デザインだけでなく、サイズが特徴的だった。最大28cm。「お。俺の足でも入るじゃん」女性はもちろん、性別にとらわれず靴を選びたい人、コーディネートに取り入れたい人をターゲットにしたブランドなのだろう。ファッション好きな人に見下されたことしかない自分だが、この靴には好奇心が湧いた。自分の心のどこに、そんな好奇心が眠っていたのか。いつの間にか背後に立たれていたような感じ。

わざわざ神戸から来たという店員さんが、これまた感じよかった。

「履いてみませんか?」

差し出されたのは、一足のハイヒール。

「あ。いいんですか」とかいいながら、私の手はもう靴に伸びていた。自分でも意外なほど抵抗感なく。好奇心、あるいは憧れもあったのだろうけれど、おそらくそれだけではない。その靴が美しかったからだ。とくにラインが流麗で、エレガント。フォルムは洗練されており、無駄がないからサイズの大きさも感じさせない。まさに私の心にあった”いっぺん履いてみたかったハイヒール”と重なったのだろう。しゃもじのように幅広な私の足はスルリと入り、靴がピタリと包み込んでくれた。シンデレラはきっと、この感触を味わったはずだ。あぁこれは自分の足に合わせて作られた靴、と。一歩、二歩、三歩。歩いてみる。軽い。足に吸い付きながら、指への圧迫感はない。そしてなぜか、身長174cmの男を載せてもグラつかない。快適。脱ぎたくない。ここまで履いてきたレッドウィングのブーツを、皇居のお堀に放り捨ててやろうかと思った。なによりも、足がスッと伸びている感覚が新鮮だった。よそ行きの足、おすまし顔の足。ふくらはぎのかすかな強張りは、心まで背伸びさせてくれた。自分の足はもしかすると、いつもより少し綺麗かもしれない。これで街に出たら、どんな気持ちになるだろう。自意識は、美意識へ。ちょっと気取った自分がくすぐったく、どこか心地よかった。

足が短いというコンプレックスの死角にあった感情。さっき背中に立っていたやつの正体は、これか。いつもは選ぶことのない鮮やかなレモンイエローも、心の華やぎをさらに盛り立てる。これは、ときめきと言うんだろうか。きっと、言うんだろう。お値段も16,000円から20,000円そこそこだった記憶がある。足型から特注し、一足一足手作りだというから、気がひけるほどのお値打ち。衝動買い心のワッショイが止まらなかったが、これまで地味な靴しか履いたことがなく、服は靴よりさらに地味。しかも体重80kg超という自分にとって、このハイヒールは真珠すぎた。そもそも履いていくところなど、あるはずがなかった。それでも。あの感情は正月ボケした冬の夜道を、My Runwayにしてくれた。いつもは背を丸めて渡る横断歩道を、あの夜だけは凛と背筋を伸ばして歩いた。そうか。好きな靴を履くって、こういうことなのか。初めて知った夜だった。

さて。これを書いているのが、2023年7月。危ういほど暑い。

この半年間でいろいろな出来事があり、いろいろなニュースが飛び交った。LGBT理解増進法。同性婚訴訟。経産省女性トイレ使用制限。著名人の自死などなど。そして、あのハイヒールが頭をよぎる。

お気に入りの靴を履くのに、勇気を振り絞る人がいる。大きく覚悟する人がいる。クローゼットにしまったまま、という人もいるだろう。履いて街を歩けば、攻撃される人がいる。嘲笑われ、罵倒され、拒まれ、落とされ、追い返され、追い詰められ、殴られ、投げられ、無視され、顧みられない。命まで脅かされるほど。あるいは、自ら命を脅かしてしまうほど。

あの冬の私のときめきは、そんな恐れのない人間だからこそ、感じるられるものだったのではないか。安全地帯にいる者の特権。特権者はいつも能天気で、無自覚で、誰かの犠牲に気づかない。気づかない誰かに対して、人は残酷になれる。もしかすると私は、誰かの足を踏んづけて生きてきたのかもしれない。まずは、この足をどけることからだ。

それに。攻撃の矛先は、いつも次の的を探しているのだろう。私もまた、的にかけられうるのかもしれない。ゲリラ型戦場社会に、私もまた生きている。だから、あのハイヒールを履きたい人が履き、大手を降って街をゆく未来が、1秒でも早く来るといい。履きたい靴さえ履けない社会なんて、私もまっぴらごめんだ。

「他人の靴を履いてみる」という慣用句がある。私が履いてみたあのハイヒールは、とても大切なことを教えてくれた気がする。ときめきと、悲しみと、自戒を。

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