映画「きっと青春大革命!カルラ8年の記録」は、革命的にポップでキュートで、少しビターだった
仕事をサボって観る映画ほど、鮮やかなものはない。
それが名作となれば、なおさら。
とある記事を読んで、これは予定をこじ開けてでも観なくては、と映画館に駆け込んだのが「きっと青春大革命!カルラ8年の記録」という作品だった。
もうタイトルからして抜けがいい。
内容も想像通り、清々しいほどポップでキュート。そして、ときどきビター。
私はこの作品を、これから夏がやってくるたびに思い出すんだろう。生き返るような映画館の涼しさや、その冷房の香りと一緒に。
物語の舞台はメキシコ。
トランスジェンダーの小学生・カルラが、同じくトランス男性の監督と一緒に、8年間の歳月をかけて制作したドキュメンタリー。
私はこの作品で、メキシコがセクシュアル・マイノリティの権利意識や、法整備が整っていることを始めて知った。全国で同性婚が合法化されていたり、トランスジェンダーへの理解が法的にも進んでいるらしい。
もうのっけから「知らなかった〜!」の連続。
ここでは、私がとくに“革命的”だと感じた魅力を、3つほどご紹介したい。小四の娘と一緒に見たかったなぁ。
魅力その1。とんでもなくポップで明るい。
物語は、監督が小学生だったカルラを映画制作に誘うところから始まる。
8歳くらいだろうか。うちの娘と同じくらい。子どもだけど、いや、子どもだからこそ、本人の意思を尊重する。
とはいえ本人は、大人の配慮なんてどうでもいいとばかりに、いたって軽くノリがいい。
そんな感じだから、全編とにかく明るくてポップ。しかも、実生活そのものを追っていてリアル。少女から一人の女性へ成長していく様子が、生き生きと収められている。
カルラ自身も制作に全面的に参加。出演し、ナレーションを入れ、ときには演技までする。思春期の女の子が自分で自分を撮ったわけだから
「ワタシを見て!」
というエネルギーが画面いっぱいに広がるのだが、これが本当にカワイイ。自意識や承認欲求まで丸ごとカワイイんだから、文句のつけようがない。
踊る。TikTokで有名になろうとする。筋トレする。メイクのことで友だちとモメる。彼女は、人生で一番体温の高い季節を全力疾走してる。
私は懐かしい気持ちになりながら「あ。俺の10代こんなキラキラしてなかったわ」と、爽やかに愕然とした。
自慢してほしい青春が描かれていた。
これはおそらく、主人公であるカルラの魅力に負うところが大きいのだろう。
彼女はメキシコの小さな町で生まれた。ママは「長袖だと思ったらタトゥーでした」みたいなパンクスで、パパはヒッピー。
自分たちはたいがい自由に生きてきたくせして、社会人としてちゃんとしていて、娘のことになるとコンサバになる。自分がヤンチャしてた親なんて、どこの国も一緒なのかもしれない。
そんな両親からの愛情と理解に包まれて育ってきた彼女が、悩みながらもいろんな表情や笑顔を見せながら、オシャレに成長していく様子は、「安心して観ていられる快感」そのものだった。
本作は終始カルラと監督によるナレーションが副音声的に入るのだが、自分へのツッコミもまた見どころ、というか聞きどころの一つ。
魅力その2。社会制度や法律を、運用の現場から丹念に描いている。
本作からは、メキシコの社会制度や法律の一端を垣間見ることができる。
しかも。建前としての法律ではなく、実際に運用している人、運用されている役所なども収められている。
私が印象的だったのは「法律があることによる安心感」だった。
カルラが専門家に、女性として生きていくための手続きについて相談をするシーンがある。
その専門家おそらく弁護士はまず、性別は個人に属するものであり、トランスジェンダーの人権も国家から守られている、という説明から始める。
その後、進学してからのイジメや学校側の無理解などリスクについて冷静に解説し、その解決策や選択肢も具体的に提示する。
さらに、手続きの難度も開示しつつ、とはいえ手順を踏めば自分が望んだ性別として認められると励ます。
つまり、人権が守られるという理念が、具体的な理論と手順に確立されている。
法律的にも晴れて女性と認められた日。
カルラとパパの笑顔を観た私は
「意外とあっさりしてるな」
と感じた。法律で認められているからこそ、その喜びを穏やかに受け止められる日常があるのだと感じた。
カルラも女性として生活するところから書類を揃えるところまで、おそらく数年かかっている。それは決して容易いものではなかったはずで、メキシコ国内でのさまざまな議論を経ての法律なのだと理解できた。
だからこそ。法律の存在はやはり大きいのだと、知恵が集まる希望を見た気がした。
「法律ってやっぱ大事だよねぇ」
と。
魅力その3.厳しい現実。でも、可哀想じゃない。
作中で、カルラが言った。
「トランスが笑って生きる幸せな映画がない。だからこの映画を撮りたかった」
観てるこっちだってそう。あの娘は今日もどこかで、きっと元気にやってる。そう思える映画がいい。
だから本作は、トランス女性を「かわいそうな存在」として消費していない。
そのうえで、生きていく困難も真正面から、あるいは至近距離で捉えている。
制度は制度、感情は感情。法律があるからといって、必ずしもトランスジェンダーが生きやすいとは限らない。
実際、中南米では社会的な根強い差別や暴力事件は後を絶たず、作中のメキシコでもプライドパレードやトランスマーチもまだ開催されている。
カルラは劇中で2回、怖いことって何?と聞かれる。そして彼女は答える。
「殺されること」
「死後に誰の記憶にも残らないこと」
彼女は、他者から消されることを恐れていた。中南米では、トランスジェンダーの平均寿命は35〜40歳なのだそうだ。
彼女はメイクをしながら、自分の身体を呪い、こうも言った。
「学校ではトランスとして生きるので精一杯。社会まで手がまわらない」
それまで憎まれ口を叩いていた友だちが、あわててフォローする様子は微笑ましく、心強い。
「世界よ変われボタン、押したいよね」
うん。本当だよね。
ただし。この映画のすごいところは、これらのシーンの重要性を損なうことなく、安易に深刻なシーンにしていないところ。あくまで思春期の女の子の悩みの延長線上として、カラッと切りとっている。成長期の1ページ。だからこそ観た後に思い返すと、凄みとして感じられる。
この作品はカルラにとって、ずっと見返したくなる宝物になるんじゃないか。
と思っていたら作中で本当に「この映画は宝物」って言ってた。だよね。
私が10代のころ、一緒に暮らしていた母の恋人はトランス男性だった。6〜7年。父であり、兄であり、友だちだった。
彼はやたらと写真を撮られたがった。いつも呼ばれてないのにフレームインしてきた。
「俺も!」
「ならもっと真ん中よって!」
決まってダブルピース。そのわりには、自分の写った紙焼き写真を見返すことはなかった。
真夏日が、今ほど多くなかった昔。写ルンですのダイヤルをジコジコ巻きながら、レンズから彼を覗いた夏を思い出した。
カルラの魅力を一点の曇りもなく描いた本作。こんな生き方が世界のどこかにあるというのは、希望だと思う。
あんまり話題になってないけど、たくさんの人に観てもらえるといいなと思った。おすすめです!

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