明るく、楽しく、しぶとく!映画「こころの通訳者たち」に響く対話のクリエイティビティ〜ラップ最高!パンフに”たたり”!〜
諦めない。それだけで、こんなに痛快だなんて。すべての仕事がこの映画のようでありたい、と感じた映画でした。いわゆる”お仕事もの”ではないに。その映画とは「こころの通訳者たち」。
素晴らしい映画だったので、その感想をここに書き留めておこうと思います。
手話に音声ガイドを?「こころの通訳者たち」のあらすじ。

この映画、ドキュメンタリーなのですが。事実は小説よりも奇なり、を地でいってまして。話が少し混み入ってます。なので、ザックリとあらすじを。
かつて「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」という短編ドキュメンタリーがありました。
舞台手話通訳とは、演劇を耳の聞こえない人にも楽しんでもらうために、セリフや感情を手話で同時通訳すること。「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」は、その舞台手話通訳者3人を追った作品でした。
この短編ドキュメンタリーが、これまた素晴らしいとしかいいようがない。全編にわたって、舞台手話通訳者(加藤さん、水野さん、高田さん)の”伝えたい”という情熱が、手から、表情から、身体全体から伝わってくる。そこで。「この感動を、どうにかして目の見えない人たちにも伝えたい。音声ガイドをつけられないか?」という相談が持ち込まれます。つまり。聞こえない人のための無音声言語「手話」を、改めて聞こえる化する。それも、目の見えない人も感動できるように。と。
え?どゆこと?この難題が持ち込まれた先は、シネマ・チュプキ・タバタという映画館。日本初の「ユニバーサルシアター」でもあり、視覚障害者に言葉で映画を伝える「音声ガイド」の第一人者です。
そこから、シネマ・チュプキ・タバタ代表である平塚さんの挑戦が始まります。視覚に障害のあるみなさん、舞台手話通訳関係のみなさんなど、個性強めな協力者たちと共に・・・。というお話。
ね。混み入ってるでしょ?テーマ複雑すぎ。登場人物が多様すぎ。
どっこい。これが最後、ぜーんぶ、見事に、そして想像以上の調和をもって終幕するのです。きもちー!平塚さんチームと、協力する舞台手話通訳者たちの、伝えたいという熱情。それを受け取る、目の見えない人たちの感動。その結節点として音声ガイドが完成し、機能した瞬間。「あー!これだ!これしかないわ!」と。私は、なにかを一緒に見出した快感に襲われました。
ろうと手話、視覚障害の世界へ。観客は、登場人物と一緒に旅をする。

「音を見えるように 光を聴こえるように 」この映画の惹句です。過不足ない言葉数で作品の魅力を言い当て、しかも美しい一文だと思います(誰だ。これ考えた天才は)。でもこれ、たんなる美辞麗句ではありません。本作は、本当に”音を見えるように 光を聴こえるように”するまでの悪戦苦闘を追ったもの。私は鑑賞後、この惹句の凄みを感じることになりました。
なぜ凄みとまで言いたくなるのか。それは、手話に音声ガイドをつけるという作業が、とんでもなく困難だからです。前例がないという事実が、その難しさを物語っています。そもそも、映画を見えない人にも伝わるように音声で解説する。それ自体からして難しいはず。映っているものを片っ端から読み上げればいいってもんじゃない。どんな情報を求められているか的確に捉え、制限時間内に言語化しなくてはならない。しかも感動まで伝えるには、端的なだけじゃダメ。ワードや響きも追究する必要があるはずです。音声化するものが、手話という”言語”であれば、なおさら困難になるのでは、と。それらの所作を写実的に音声化したところで、言語を解さない人にはチンプンカンプン。だからといって、手話が伝える意味を翻訳しまっては、それはたんなる吹き替えにすぎません。もはや、観客が見えないか見えるか、という問題ではなくなってくるはずです。そこに、手話は手話でも”日本手話”という、歴とした自然言語の繊細なニュアンス、複雑性などが難易度をあげます。手話といいつつ、腕も、目線も、表情も、なんなら上半身全体を使うというのを、私は初めて知りました。背景には、奥深いろう文化が脈づいていますから、理解なしに正しい音声ガイドはありえません。
なので当然、手話の音声ガイド制作は、一筋縄でいくわけがなく。一時は舞台手話通訳者のみなさんから、けっこうキツめのハレーションも。協力をうけて制作する平塚さんたちも、試行錯誤を繰り返します。私をはじめとした観客は、その過程をつぶさに目の当たりにするわけです。ろう者と手話の世界を開扉して、たぶんに学びながら。もちろん視覚障害についても。さながら、初めての地平を前に、キョロキョロがとまらない旅行者の気分。この時点で、かなり勉強になる映画であるとも言えます。
清々しいほど諦めない。対話のもつクリエイティビティに希望を感じる

平塚さんたちが音声化に着手した時。私は一緒に「これ、無理じゃない?」と、途方に暮れました。しかし。その寄る方なさは、徐々に「あれ?なんとかなるかも?」という期待感に。
そして「おぉ!もしかして、うまくいっちゃう感じ?」という興奮へと変わりました。
それもそのはず。登場人物がみんな、諦めないんです。平塚さんチームはもちろん、協力する舞台手話通訳チームのみなさんも、視覚に障害のある監修者のみなさんも。とにかく、困難にめげない。いや。めげてても、対話することをやめない。なんならそれを楽しんでいるかのように。人物描写が丁寧だったので、私の共感もひとしおでした。明るく、楽しく、しぶとく。清々しいほど諦め悪く、あーでもないこーでもないと対話を重ね、それは音声ガイドへと結晶していきます。しかも。内容と手段を表現として合一調和させた、気持ちのいい作品として。
見えない人。聞こえない人。どちらでもない人。理解しあえるとはとうてい思えない人たちがよってたかって創りだした、世界にまだ存在しなかったクリエイティビティ。その誕生に立ち会えた喜び、とでもいいましょうか。私には、その瞬間が何よりの希望に感じられました。コミュニケーションに見切りをつけなければ、その先の何かに出会えることもある。その創造性に、もう少しワクワクしてもいいんじゃないかと。割り切れないものを割り切ることで、満足げに思考停止している。そんな私にとって、完成した音声ガイドは尊いものとして響いたのです。
あぁ。ほんとうに出来上がったんだ。スクリーンに映し出される、いい仕事をした人たちの表情ったら。穏やかな痛快。エンドロールが終わった時、私は小さく拍手していました。完成した音声ガイドがいったいどのようなものなのか。それは、その音声ガイドを聴くことでしか伝えられません。あくまで見える・聴こえる者としての驕りもあるのかもしれませんが。コミュニケーションをとって生きている人、つまりたくさんの人に観てほしい映画だな、と思った次第です。
予告編はこちら。
エンディングテーマのラップが最高。かわいいパンフは”たたり”つき。

ということで、本作は最高の映画なのですが。本編以外にも最高なところがあります。
その一つが、エンディングテーマ「ユウキノウタ」。この音声ガイド制作に協力した白井崇陽さんが書き下ろし、みなさんで合唱している曲です。
とくにいいのが石井健介さんのラップパート。90年代のTOKYO No.1 SOUL SETを彷彿とさせる、ポエトリーなラップです。TBSラジオのアフター6ジャンクションで「ラップしました」と聴いて楽しみにしていたのですが、これがとてもよかったんです。LBネーション好きにはたまらない。(とんだハーコーラップじゃなくってよかった)
パンフレットにリリックが紹介されていたので、2バースほどご紹介します。「あきらめることを あきらめた だから僕らは 抱きしめあえた 君が渡した こころのバトン 僕に広がる やさしい波紋」
この曲を聴きに行くだけでも価値がありますよ。
で。パンフレットといえば。
このパンフレットのクオリティがとても高くて。カラーリングも淡くて、品があって、かわいい。映画のことだけではなくて、舞台手話通訳のことや、お菓子の作り方なんてのも載ってます。一冊の読み物としても、雑誌のようにとても楽しく読めるのですが・・・。

これ、裏表紙。映画のテーマにちなんで、エンボス加工で点字が打たれているんです。粋でしょ?なんて書いてあると思います?
「たたり」
なぜ!?どうやら、点字を間違って打ってしまったみたいで。「こころ」って打ったつもりが「たたり」になっちゃったんですって。心は心でも、暗黒面ですね。映画と真逆!
上映後、代表の平塚さんが挨拶で笑ってらっしゃいました。私も、まさかあの感動作を見て、笑いながら映画館を出ることになるとは。このエピソードだけでも、本作を一生忘れることはないでしょう。
私が購入した時は、初ロットの100部だったみたいで。今はもう、売り切れているかもしれません。追加で刷っても直さないで欲しいな。もし映画館に足を運ばれた時には、マストバイなアイテムです。帰宅して。妻にこの映画の素晴らしさを話していたときのこと。私「そういえば。チュプキ・タバタの映画ってぜんぶ、音声ガイドついてるのよ。ってことは、この映画にも、音声ガイドがついてる?ってことかな」妻「しらんがな」私「となると、手話に音声ガイドをつける映画に音声ガイドをつけるってこと?ややこしくない?」妻「あんた、仕事サボって行っといて聴かなかったんか」私「うっかりしてた」妻「そういうとこやで」私「・・・」パンフレットの”たたり”は、かなり速効性がありました。
”手話に音声ガイドをつける映画に音声ガイド”を確認しに、またチュプキ・タバタ行こうかな、と悩んでいます。
終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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