義母と夏の編み会

義母と夏の編み会
草冠結太 2026.09.17
誰でも

編み棒を、機内に持ち込んでよかったのかどうか。
不安になったのは、保安検査をパスして搭乗口に並んでいる時だった。遅い。

8月は、妻の実家である大分に帰っていた。
編み物道具を持ってこい、とは義母からのお達し。一緒に編むのを楽しみにしてくれていたらしい。
「もってきたよ」
私がバックパックから道具を取り出して見せると
「娘のダンナと編み物するなんてな。もういつ三途の川泳いでってもええわ」
向こう岸からターンで返ってきそうな笑顔で、義母が言った。

滞在中は、毎晩一緒に編んだ。
私は妻のバラクラバ。彼女は孫、つまり私の娘の靴下。お互いが、お互いの娘のために編んでいた。
「結っちゃん、アンタ模様編みできるようになったん」
私の手元を覗き込みながら、義母が目を大きくしてみせる。老眼鏡をかけた彼女を見るのは久しぶりだった。
「うん。あの子用は編んだから。今度は大人用。母と娘のペアルック。かわいいでしょ」
「は〜もうアタシなんかよりずっと上手ぇわ」
昭和生まれの二人は、ペアルックという死語に違和感を感じない。

その夜も、妻と娘は私たちに目もくれず、歌番組から流れる昭和歌謡を熱唱していた。
夏だかココナッツだか知らないが、すぐに秋冷えがやってくる。「近いうちに必ず感謝することになるキリギリスな娘たち」を横目に、私たちは二人だけの編み物話を楽しんでいた。

「あいつらホント元気。東京じゃなかなか全力疾走できる場所がないから、俺も楽しかったよ」
話題が、私と娘と遠縁の甥で行ったサイクリングの件になった。
お盆は親戚たちが集結する。発煙筒の勢いで仏壇に線香をあげまくり、明るいうちから酒盛りが始まる。あっちでチーン、こっちでプシュッ。
子どもたちを連れ出して外で遊ばせるのは、私の役目だった。

実は、大分は隠れた米どころ。大分市では基幹農作物だったりする。
田んぼは遠い山の麓まで続いて、畦道も長い。そのロング・ストレートを、子どもたちが駆けていく。
先頭を突っ走る甥は、7日間で死ぬんですか?というほどの生命力を爆発させ、漕いで漕いで漕ぎまくった。
「あぶねーぞ!スピード落とせ!」
「ヒャヒャヒャヒャ」
娘がそれに続く。私も追いかけた。立ち漕ぎなんていつぶりだったろう。

夏空と、傘を差したくなるようなトンボの群れ。青田の香りと、チェーンが回る音。

その中で、甥が消えた。

側溝に突っ込んでいた。
「やっちゃったー。落ちたぁァヒャヒャヒャ」
娘に腕を引き上げられながら、彼の笑い声はさらに大きくなった。もはや息継ぎを忘れている。
「ケガは?」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
うん。だろうな。

清々しいほどの無鉄砲。たった数年会わない間に、タフに成長したもんだ。
「お前バッカじゃねぇの」
私も甥を指を差して笑った。東京では忘れていた声量だった。
今年も東京から、同い歳の子が来た。おじさんも来た。楽しくてしょうがない。そんな甥の靴から泥を落とし、はみ出たTシャツの裾をズボンにたくし込んでやった。

「アイツも逞しくなってきたわ」
「もう二度とあの子を外に連れていかんで」
義母が切り捨てるように言った。
私は手を止め、顔を上げた。
聞くに堪えない。そう思っているのが、伏せた目と歪んだ口元にあらわれていた。
「ごめんなさい。危なかったよね」
そりゃそうだ。私は危うくケガをさせるところだった。楽しげに聞かせるような話じゃない。

義母は手を動かし続けた。
「ちゃう。あの子は普通じゃねぇけんな。他の子ができることできんけん。もうどこにも連れていかんでいいけんな。いかんといてな」
甥には軽度の知的障害があった。

私が甥をバカにしたように聞こえたか。
いや確かに、バカだと笑った、と話した。
私にとっては面白おかしい失敗談に過ぎなかった。甥がいかにヤンチャだったか。障害と関係なく話していたつもりだったが、義母にはそう聞こえなかった。
同じ話を彼の親にもできたか?私は編み地に顔を埋めたくなった。

「ごめんなさい。口がすぎました」
「アタシはあの子がかわいそうでしゃあないんや」
お義母さん、バカにしてるのはあなたじゃないですか。なんて反論できるわけがない。
彼女は手元の靴下に鼻息をかけるような、深いため息をついた。
「昔な。アタシが通ってた学校にな。防空壕があってな」
そこから戦争の話が始まった。

「大分にも空襲きたんで」
義母の通っていた学校に、防空壕があったという。
敷地内ではない。校庭に面した切り立った崖に横穴が掘られていた。もともとは古墳時代に造られた集団墓。それを防空壕として使っていた。
後日、私も見学に行ったのだが、ドット絵のように夥しい数の穴だった。

サイレンが鳴ると、学童たちは防空壕に逃げ込む。
その中に、日頃からとにかく落ち着きのない男の子がいた。座っていられない。静かに授業を受けられない。防空壕の中だからといって、いつもと変わるわけではない。
「みんなして、うるせぇ!もう出らんか!ちゅうてな」
同級生たちは責め立てた。

男の子はとうとう追い出された。幼かった義母はその後ろ姿を、洞穴の奥の方から見ていたという。
「フラフラ〜ってな。出て行きよったんよ」
義母は淡々と編み続けていた。その日は警報だけで爆撃機は飛んでこなかった、とだけ付け加えた。

「障害は関係ない」
などと分かったような面をしている私に、義母はかつての光景に通じる危うさを感じとったのかもしれない。
隣県・熊本の避難所のニュースを、彼女はどんな気持ちで見ていたのか。

編み地をのせていた腹のあたりが汗ばんできた。ウールの毛糸は編みかけでも熱がこもる。でもこの汗は、その汗ではない。
二つに折るようにして編んでいた身体を、さらに縮めずにはいられなかった。

「そんでな」
防空壕は後年、立ち入り禁止になったという。中で焚き火をするタワケが出たらしい。その一人が妻の兄貴、つまりY兄だった。
「も〜先生から呼び出されてな。怒られて怒られて」
「何やってんだかねー」
気を取り直そうとする彼女の心遣いに、乗らないわけにはいかなかった。

義母が編みかけの靴下を食卓に置き、老眼鏡を外した。
私も立ち上がり、台所で義母のために肴を作り始めた。年寄りの一人暮らしには多すぎる器具が並んでいる。
きっと彼女は親戚に振る舞うばかりで、自分はつまみ食い程度のはずだった。
ひとに作ってもらう料理ほど、美味しいものはない。それもまた、料理番である私たち二人しか知らないことだった。

どう謝っていいか分からない。どう詫びても何かが足りない。話を蒸し返すのも気が引ける。
だからせめて、彼女の話を聞かせてもらおうと思った。元気なうちに聞いておかなければならない話が、沢山あるはずだった。
次に帰ってくる時も、編み物道具を持ってこようと思った。

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